BYC

11月 26th, 2014, 02:01 / No Comments » / by RED

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reminisce

8月 8th, 2014, 08:58 / No Comments » / by RED

子供の頃から
そして割と大人になってからも
日本と言う国は正義であり
例え他の国で戦争が起きていても
この国の大人達は正しい判断をし
100%信じても良いという
絶対的で盲目的な思いがあった。

あまり深く考えたことがなかった
と言うのが本当の所かもしれないが
信じられないと思える程の
きっかけになる情報や体験が
身近に無いような気がしていた。

こう言うことを改めて
考えるようになったのは
年をとったせいもあるし
簡単に色んなことを知ることができる
時代のせいでもあるんだろう。

全ての疑いを追求することはできないし
する必要もないと思うが
一見手の届かなさそうな問題を
憂いているだけ…と言うのは
自分に対しての物足りなさを感じる。

信じられることを
一つでも多く増やすことが
自分の幸せに繋がるのではないかな。
信じたいと思われる存在になりたい。

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Do you believe in god?

3月 28th, 2014, 20:57 / No Comments » / by RED

例えば、音楽作る人も山登りする人も
形は違えど自分が充実出来る
「何か」を感じたくて
その「何か」が好きだからやっているのかなと考えた。


私にしてみると、
都心で毎日時間やタスクに追われるだけの
生活をしていては感じることのできないその「何か」。

山頂にたどり着き自然の中で無になる、
自己と向き合う。曲が完成した時の使命感、
ライブで感じることの出来るシンパシー。
どちらにも共通して上手く言い表せない特別な
「何か」があるのだと思った。

私はその「何か」で沢山の人と繋がり
人生を楽しみたいと毎日思っている。

ちなみに、山登りは小さい頃にやったきりで
大人になってからは(リフトで上がる以外)
山登りらしいコトはやった記憶がありません。


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stay together

3月 19th, 2014, 02:04 / No Comments » / by RED

昨年から別れ、別れ、別れ…
別れ続きで明るい話題はあまりなかった…と言うか
あってもそれを覆い尽くすだけの

悲しい出来事がとても多かった。

母の乗っていたシルバーのミラは
もう乗り手がいなくなったので処分しようと話になっていた。
前回、実家に帰った時にその話をしていたので
今度帰る時にはもう見ることも乗ることもないのだなと
寂しい気持ちになっていた。

ところが、今回
まだそのクルマは置いてあった。
どうやら車両を引き取る日程が合わなかったので
それから日程を詰めることなく
何となくそのままにしてあるということらしい。
しかも小回りが利くからという理由で
最近、父が近くのスーパーに行く時などに
よく乗っているらしい…。

俺もまた今回の帰郷で
亡き母親の手続きをするため
地元の金融機関を次から次へと
そのミラで走り回っていた。
昔、住んでいた頃にあったはずの場所に
その店舗が無かったりして
調べないとたどり着けない等
感覚だけで動けないところが少し歯痒かった。

そんな訳で母の死から余り時間も経っておらず
どうしてもこのクルマに乗る時は感傷的になっしまうのだが
何となくラジオをつけて聞いていると
突然、最近本当にめちゃくちゃ聴いているあの曲がかかった
(失礼も1000%承知の助だが、まさか山口で
あの時間帯にその曲が流れるとは全く想像していなかった。
Big up FM 79.2!! Peace to あの曲をリクエストしてくれた人!)

その瞬間、ラジオの音量をTurn It Up。※この表現ダサいね。
(このクルマであれほど音量上げたのは
後にも先にもこの時が最大だったはず。)

感動したよね、マジで。
何と説明しても俺にしか分からない話なんだけど
その曲は今の感情、気持ち、この状況や事実を
端的にしかも高密度でうまく纏めてくれているもので
それ故にこのクルマに乗っている時に
その曲がかかることがとても嬉しく
母と一緒にクルマへ乗っているような気持ちだった。
(もし本当に乗っていたら「うるさい」と言ったに違いない。)
泣けたよ。


とにかく、まぁ
久しぶりに嬉しいことがあったよ
ていう話です。

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I’m gonna miss You

3月 7th, 2014, 01:48 / No Comments » / by RED

お母さんは
幸せだったかな
苦しかったろうな
親孝行出来なかったな
もっと沢山話したかったな
もっと触れ合いたかったな
リアルにもう一度温泉行きたかったな

幸せだったと言ってほしい

早すぎるけど

あっけないよ
本当にあっけない

親元を離れて数十年と経っているから
日常生活へ特に変わりはない
ただ居ると思っている場所へ帰った時に居ない
電話しても出ない
メールも返信されない
LINEも未読もまま
そういうところでもう居ないんだなと感じる
そういう時にとても切なく、悲しく、辛くなる

まだまだ溢れ出てくるものを押さえることが出来ない
しばらくは女々しい息子を許してくれ

本当に寂しいよ

天国でばあちゃん、じいちゃんと仲良く見守ってて

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Love Supreme

11月 17th, 2013, 22:40 / No Comments » / by RED

死ぬ準備をするのではなく
生きる準備をしてくれと
お願いをした。

覚悟を決めた病気の人間は
生きる希望の光は微かにしか見えず
無意識のうちに死の方向へ顔を向けてしまう。

すでに気力だけが頼り。
苦しみを感じさせたくはない。
がんばり過ぎる貴方を見ているだけに
本当に早く楽にさせてあげたい。
でも僅かな望みを捨てたくはない。
本人が一番生きたいと思っているのはよく分かっている。
だから気分よく生きさせてあげたい。
家族がどれだけ光を感じさせられるかが要だと思う。
こんな時に一致団結できる我々はある意味幸せでもある。

格好いいことを言いたい訳ではない。
俺には今が本当のLove Supremeなんです。


神様、お願いですから
一度だけ一緒に温泉に行かせて下さい。
お願いします。

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times

11月 16th, 2013, 00:21 / No Comments » / by RED

実家に帰る飛行機の中で。

人には寿命がある。
それは分かっているはずなのだが
いなくなることを考えると
悲しいという気持ちよりも
そう頭で考えるよりも
先に涙が溢れてくる。

死ぬこことと居なくなることは
同じことなのかもしれないが
彼女がこの世に居なくなることを
想像するととても辛い。
親と子、それぞれがそれぞれの
場所と時間で生きていることを
何も不思議に思わなかったが
それはまたいつか会えるという
根拠のない自信があったからだ。
いざ、こうして時間が限られている
ことを現実に認識させられると
どうしてよいか分からなくなる。

何て言葉をかければ良いか
どう接してあげれば良いか
何をして過ごせば良いか
今より少しでも元気になれるのか
一緒に小旅行をする時間はあるのか
それが出来るだけの体力はあるのか
話をしておくべきことはないのか…等々
こうして書くことで考えることができ
同時に頭の整理をしている。

これはしておいた方がよいと
思うことがあれば条件を問わず
何でも教えて下さい。

自分を生んで育ててくれたことは
彼女の役割であって
子供の自分からしてみると
意味、意義があったんだろうと思える。
肉親の生死の狭間で死を感じると共に
自分の生きる意味を考えてしまう。
でも、そんなものは後付けで
なるようにしかならなくて
ただ生きている中で結果的に
そうなっているだけ…とも考える。
これはどうでもいいか。

書こうと思ったことと
全然違うことを書いてしまった。

田舎で生まれ育ち
自分の周りには当たり前のように
自然が溢れていた。
しかし、都会暮しもそろそろ
20年にもなろうかという
東京生活の日常では
地球で生きていることを
まるで実感できていない。
飛行機の中から
山脈の標高が高い部分に
うすく雪が降り積もって見えた。
その山間を縫うようにして
川の流れに沿うようにして
町の明かりや家が密集している光景は
人間が地球に巣食っている
ように見えてしまう。
人間も他の動物と同じように
地球という自然の中に
生きていることを感じさせられる。
地球に生まれ地球で死んでいく。
そう考えると、ばあちゃんが
死んだ時に考えていた
生きる意味は何なのかという点が
微かに自分の中で腑に落ちた。

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marathon drinking

10月 19th, 2013, 03:20 / No Comments » / by RED

自分の生きている意味など
ほとんどの人が明確に理解してはいないと思うし
まぁ、考える必要もないっちゃないし
そんな事を考えたところで何も変わりはしないのだが
ついついそういう事に捕われがちな私は
今日、走っている最中に何だか気がついた事があります。

人間は生きる事に意味がある
人間は生きているだけでよい

ただそれだけです。

生きて何をするか…
良い事をする、悪い事をする、
自分の為に生きる、人の為に生きる
そういうことは二の次で
とにかく偶然、生を受けた以上
生きればいいと思うんです。
何をするか、何をしないといけないと思うか、
それは各々が考えればいいし
自分で価値があると思った事をやればいいと思います。
多い少ないはあるかもしれませんが
ある程度の中から選択する事が出来るはずです。

そんな事は特に考えずに
生きている人は沢山いると思いますが
まぁ、考えなくてもいい人はいいんです。
その方が自然体で生きれている気もします。
ただ今日そう思いました。

終わり

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grandma

9月 14th, 2013, 21:35 / No Comments » / by RED


俺はどうしようもない
おばあちゃん子だった。

ばーちゃんは
どんな時でも、どんな事があっても
俺が甘えられる最高に居心地が良くて
大好きな場所だった。

俺が何か悪いことをして
両親から怒られると思ったら
少し離れた隣町に住む
ばーちゃんの所が逃げ場所だった。
だから俺には家が2つあると思っていた。

物心ついた頃から
高校を卒業するまでの間
ずっとお小遣いを
貰いに行っていたのも
ばーちゃんの所だった。

週末にスケボーをしに
隣町まで行って、その晩は
ばーちゃん家に泊まるのが嬉しかった。
仏壇の間に2人分の布団を敷いて
戦争の話を何度も聞いた。
ばーちゃんからの昔話を
聞くのが好きだった。

山口を出てからは年に数回ほどしか
会うことはなくなった。
それでも帰った時は
いつも同じ調子で話が出来た。
こちらの話を理解しようとしてくれたから
俺のやっている音楽のことを
説明するのが好きだった。
2人の間の時間と感覚は多分
俺の高校生くらいでずっと止まっている。

ばーちゃんとは母親側の
お母さんのこと。
母親の兄にはその子供がいて、
つまり俺には従兄弟がいる。
従兄弟家族は小さい頃から
山口を離れて暮らしていた。
俺の方が近くに居たからか
そんな彼らを差し置いて
とにかく俺に愛情を沢山注いでくれた。

従兄弟や親族、親戚の同世代達が
子を持ち親になった。
自分に子供がいない事に
焦りと申し訳ないという
気持ちがずっとあった。
だから自分の子供をばーちゃんに
見せる事が自分なりの
ばーちゃん孝行だと思っていた。
それは叶わなかった。
でもそれを自分の都合の良いように
考えれば、最後まで気を使わせる
ただの孫でいられたのかもと思う。

ばーちゃんの家はまだその場所にある。
今までの様にばーちゃんの家に
行っても、もう会うことは出来ない。
いきなり訪ねて行くと少し驚いて
また嬉しそうに「来たかね」と
言ってくれた。
それをもう聞くことは出来ない。
ただそれが寂しい。

ごめんね、そして、ありがとう
ばーちゃん。

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WORLD CITY

9月 13th, 2013, 01:40 / No Comments » / by RED

ばーちゃんは幸せだった?
幸せだったと思っていてほしい。
俺は幸せです。
ばーちゃんに買ってもらった時計はまだ動いています。

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